スカイ

ひとりごと

桜の花のような4月…

寒暖差の激しい4月。皆さん花粉や黄砂に負けず、元気にお過ごしですか?

4月、ぱっと来てぱっと去る感じです…^^;

慌ただしくっても、Eテレ「100分de名著」だけは見ましたよ。

今月は、大昔のローマ皇帝マルクス・アウレリウスの「自省録」(神谷美恵子訳)でした。




いや~、古代ローマにおいても人間は人間なんだな~とつくづく思いましたよ。


「起こった事、事実に余計な個人的判断を加えるから、悩みが生まれるんだよ。勝手に悩むなよー」だって。たしかに…σ(^◇^;)


「自然体でいけば良いんじゃねー?!過ちを犯す人は善悪について無知なだけだから、気にせず自分は毅然としとけ。困難に巻き込まれても、他の人(先人)も乗り越えられたなら自分も出来るよ、大丈夫。」


あっぱれポジティブ!

自分の災難(家族の死、飢饉)において、自分に向けた励ましなんだろうね。


最終回では、


「自然と一致して『今、ここ』を生きる。すべての行為を生の最後の行為のように行う」


「神々を敬え。人々を救え。人生は短い。」





太古の昔に思いを馳せて…

5月、私も頑張りまーす(≧∇≦)

難しい問題

最近、大学時代の友達二人と

それぞれ個別に再会しました。



二人とも、昔のまんまで元気でした。


二人とも、結婚し子供もいます。


二人とも、それなりに幸せそうです。


ただ、二人とも、気楽ではなさそう。


一人は、都会でガッツリ働かなくてはならず
子育てもワンオペ。


もう一人は、地方だが両親の介護と子育て。



きっと珍しくない、沢山の人が直面しているケースなのだろうし、私も似たり寄ったりの境遇だし、もっと大変な人もいるだろうし…



とは言え、もし友達自身が病気になったら

どうなるのだろう?などと要らぬ心配もする




親の介護、自分達の看病、子供達の世話。




それぞれの人間が完全に自立していれば

問題ないのだが、そうは問屋が卸さない。




余力のある人間が沢山いて

支えていれば良いのだが、

家庭においても人手不足なのだ。

核家族だからね。



かと言って、昔みたいな大家族や

身内、親戚との同居は神経すり減る…

嫁姑問題も復活しそう。



足るを知る生活を心掛け、

起こりうる問題の解決法を準備し、

お金が廻ってくる仕組みを作るしかないね。



自給自足レベルの

完全な自立を目指す!

…世捨て人にはならない方向で(^_^;




老若男女、定期的に遺言や

もしも…の時の対処法を書いておけば

周りの人は困らないし、

本人自身も丁寧な毎日を送れるかも。



…隗より始めます。

年を取ると、あれこれ考えちゃうよσ(^◇^;)

せめて…

この前までの「100分de名著」は

スペインの哲学者、オルテガさん。


色々な言葉を紹介されて

「なるほどな~」と思ったよ。




その中でも響いた言葉は、



「私は、私と私の環境である。

そして、もしこの環境を救わないなら

私をも救えない。」




私は私自身だけではなく

私の環境からも成り立っていて、

しかもその大半は、私が選べなかった。

生まれた家柄も、親も、育つ環境も…。




この環境が切り離せられたら

どんなにか気楽になるだろう、

合理的に生きられるのだろう、

と今まで感じたことはあるけれど、

「考えても無駄ですよ」と、

言われた気分です(>_< )



結局、過去を受け入れて

未来に希望を持って

目の前の出来事に

最善を尽くすしかないのでしょう。




子供達に恨まれないように、

「あんたがいて良かったよ」

と、せめて言ってもらえるよう

今を頑張るしかないのよね。

受動的な意志

年末に放送された

Eテレ100分de名著の

スピノザ「エチカ」

17世紀オランダの哲学者

その当時は異端者扱いだったとか



今の私に響く言葉が多すぎて

「あー、学生の時に出会いたかった~」

と、ぐうたらで勤勉じゃなかった

昔の自分を恨みます…



彼は、自由な意志は存在しない

というスタンス。

私が自らの意志で行動していると

思っていても、実は

外部からの力に影響されて

意志を決定しているかも知れない、

とおっしゃるのです。

だから、自己責任をあまり強く

追及するのはいかがなものか…




あぁ、そうだったのか。そうだったのね!

私、今まで自分の自由意志で

人生の重要事項を決定してきたと

思っていたから、

その責任はすべて背負う覚悟で

生きて参りましたが、

最近「あの決意は本当に自分の意志を

正直に反映していただろうか?」

なんて疑問に思うことが多々あって。



やっとこの前、

「自分の幸せは自分で決める!」

と宣言したのだが、

何を今さら…感があって、

「何で改めて決意表明したのかな?」

と、モヤモヤしてたけど…



つまり、今までの私の人生における選択は

決して自由な意志だけによるものでは無く、

外部からの力に影響された

受動的な意志によるものも多くあった!

かも知れない…ということを教えられ

なんだか、やっと腑に落ちた感じです。



…ありがとう、スピノザさん。

しばらく、あなたの哲学で

人生楽しんでみようと思います。

多様な時代に…

常々感じることです。


私の周りは

この多様な時代に

まだまだ一様の幸せを

求める人が多いです。

そして、それを他人にも

押しつけます。



年を重ねると変化も嫌いますしね。



今までの慣習や考え方にとらわれて、

個人の幸せを

個人が考えようと

する事にさえ

口を挟みます。



限定的な自分の経験を根拠として

他人の生き方や考え方を

批判、否定する場合があります。



もちろん、具体的な経験を聴く

機会があるのは、ありがたい。

でも、参考までにしかなりません。



私の場合は、

最終的に

自分の幸せは

自分で決めようと

ようやく最近覚悟を決めました。

(遅すぎるんだけど!)



何かと価値観を

押しつけてくる人には、

心の中で…

「None of your business!」

とつぶやいています。




みなさまも、

「自分にとって

一番の幸せは何か?」と

自分自身で考えられる

環境でありますように…

理想と現実

気温が乱高下するお天気

まるで、わたしの心模様…


みなさん、お元気ですか?


週末になり、1週間を振り返ると

相変わらず、反省ばかりです。

それでもなんとか褒めるとこはないか?!

と、探してみるのです…

無事に生きてはいる…だけでいいのか?!




生きていると、いつでも悩む

理想と現実。

凡人でも天才でも

次元は違えど

きっとこのギャップに落ち込んでいるはず。



理想や希望がなければ

向上できないのだけれど、

期待通りにできない自分の未熟さに

勝手に幻滅して、勝手に落ち込む。



上手くいったら、いったで

目標をさらに高くするので

永遠に達成できない!…あはは(^_^;)




そんなこんなで

自分に厳しい自分が

ありのままの出来損ないの自分を

なかなか受け入れてくれないので、

困ったな~、というボヤキでした。



感情を持たないロボットのように

テキパキ働けたらな~…

という、グチをロボットに聞いてもらって

慰めてもらおうっと!