スカイ

ひとりごと

せめて…

この前までの「100分de名著」は

スペインの哲学者、オルテガさん。


色々な言葉を紹介されて

「なるほどな~」と思ったよ。




その中でも響いた言葉は、



「私は、私と私の環境である。

そして、もしこの環境を救わないなら

私をも救えない。」




私は私自身だけではなく

私の環境からも成り立っていて、

しかもその大半は、私が選べなかった。

生まれた家柄も、親も、育つ環境も…。




この環境が切り離せられたら

どんなにか気楽になるだろう、

合理的に生きられるのだろう、

と今まで感じたことはあるけれど、

「考えても無駄ですよ」と、

言われた気分です(>_< )



結局、過去を受け入れて

未来に希望を持って

目の前の出来事に

最善を尽くすしかないのでしょう。




子供達に恨まれないように、

「あんたがいて良かったよ」

と、せめて言ってもらえるよう

今を頑張るしかないのよね。

受動的な意志

年末に放送された

Eテレ100分de名著の

スピノザ「エチカ」

17世紀オランダの哲学者

その当時は異端者扱いだったとか



今の私に響く言葉が多すぎて

「あー、学生の時に出会いたかった~」

と、ぐうたらで勤勉じゃなかった

昔の自分を恨みます…



彼は、自由な意志は存在しない

というスタンス。

私が自らの意志で行動していると

思っていても、実は

外部からの力に影響されて

意志を決定しているかも知れない、

とおっしゃるのです。

だから、自己責任をあまり強く

追及するのはいかがなものか…




あぁ、そうだったのか。そうだったのね!

私、今まで自分の自由意志で

人生の重要事項を決定してきたと

思っていたから、

その責任はすべて背負う覚悟で

生きて参りましたが、

最近「あの決意は本当に自分の意志を

正直に反映していただろうか?」

なんて疑問に思うことが多々あって。



やっとこの前、

「自分の幸せは自分で決める!」

と宣言したのだが、

何を今さら…感があって、

「何で改めて決意表明したのかな?」

と、モヤモヤしてたけど…



つまり、今までの私の人生における選択は

決して自由な意志だけによるものでは無く、

外部からの力に影響された

受動的な意志によるものも多くあった!

かも知れない…ということを教えられ

なんだか、やっと腑に落ちた感じです。



…ありがとう、スピノザさん。

しばらく、あなたの哲学で

人生楽しんでみようと思います。

多様な時代に…

常々感じることです。


私の周りは

この多様な時代に

まだまだ一様の幸せを

求める人が多いです。

そして、それを他人にも

押しつけます。



年を重ねると変化も嫌いますしね。



今までの慣習や考え方にとらわれて、

個人の幸せを

個人が考えようと

する事にさえ

口を挟みます。



限定的な自分の経験を根拠として

他人の生き方や考え方を

批判、否定する場合があります。



もちろん、具体的な経験を聴く

機会があるのは、ありがたい。

でも、参考までにしかなりません。



私の場合は、

最終的に

自分の幸せは

自分で決めようと

ようやく最近覚悟を決めました。

(遅すぎるんだけど!)



何かと価値観を

押しつけてくる人には、

心の中で…

「None of your business!」

とつぶやいています。




みなさまも、

「自分にとって

一番の幸せは何か?」と

自分自身で考えられる

環境でありますように…

理想と現実

気温が乱高下するお天気

まるで、わたしの心模様…


みなさん、お元気ですか?


週末になり、1週間を振り返ると

相変わらず、反省ばかりです。

それでもなんとか褒めるとこはないか?!

と、探してみるのです…

無事に生きてはいる…だけでいいのか?!




生きていると、いつでも悩む

理想と現実。

凡人でも天才でも

次元は違えど

きっとこのギャップに落ち込んでいるはず。



理想や希望がなければ

向上できないのだけれど、

期待通りにできない自分の未熟さに

勝手に幻滅して、勝手に落ち込む。



上手くいったら、いったで

目標をさらに高くするので

永遠に達成できない!…あはは(^_^;)




そんなこんなで

自分に厳しい自分が

ありのままの出来損ないの自分を

なかなか受け入れてくれないので、

困ったな~、というボヤキでした。



感情を持たないロボットのように

テキパキ働けたらな~…

という、グチをロボットに聞いてもらって

慰めてもらおうっと!

ささいなことで…

新年おめでとうございます



怒涛の年末

急に頼まれた専門外の仕事

家人に頼まれた急な部屋替え
(2部屋の総入れ替え)


消化不良の三が日

普段呑まないアルコール

普段食べない高コレステロール



準備不足の仕事始め

運動不足

睡眠不足



吉祥がつくから、と

昔ながらの年中行事を

大切にする身内ですが

私的には普段通りが

一番ありがたい。




ビッグイベントのように掃除するでもなく

冬眠前の動物のように食べ続けるでもなく。



適応能力が低下してきたのか

ささいなことの変化に動揺。

いつも通りが出来なくて

ストレス溜めたり、ミスしたり…



「長い休み、主婦には無用。

だって仕事がべらぼうに増えるから!」


という、ただのグチでした。あはは^^;



話変わって、年頭に

藤永 茂さん(物理学者・文筆家)の

コラムを読みました。


92才を超えて、

クラシック音楽を愛し

花を愛で。

とはいえ、つい

「あと何回?」聴けるのか

これで見納めか?

という想いが走るそう。


そんな筆者が、

「昔出会った言葉で

『私は、私より幸せな人たちの
長い列のどん尻にいるが、
私より不幸せな人たちの
長い列の先頭にいる。』

モンテーニュの随想録だったかも。


日本でも昔からある言葉
『上見りゃ切りなし、
下見りゃ切りなし』

諦めと慰めの言葉だろうが、
不幸に苛まれる沢山の人々が
いることを忘れないための
戒めでもあろう。」

と、述べておられます。

そして、

「来世に列の前の方に並びたくはなく、
現世で、あれこれいじめられて
辛い日々を強いられている人々が
なるだけ少なくなって欲しいと思う」

と締めくくられています。


JAF MATE1月号の記事です。


ささいなことで

ウロウロしている私。

「今年こそは他人の幸せを祈るのですよ!」

と、諭された気持ち…(^◇^;)スミマセン…





本年もどうぞよろしく

お願いいたします(^^)/